July 25, 2019 / 7:38 AM / in 2 months

コラム:不安先行のジョンソン英首相、「トランプ相場」再来か=田中理氏

[東京 25日] - 「合意があろうとなかろうと、10月31日に欧州連合(EU)から離脱する」と言ってはばからない英国のボリス・ジョンソン氏が24日、首相に就任した。

 「合意があろうとなかろうと、10月31日に欧州連合(EU)から離脱する」と言ってはばからない英国のボリス・ジョンソン氏が24日、首相に就任した。今後の展望について田中理氏の見解。写真は23日、ロンドンで撮影(2019年 ロイター/Toby Melville)

ジョンソン新政権は近くEUとの協議を再開する見通しで、北アイルランドの国境管理問題を巡る「安全策(バックストップ)」条項を撤廃し、テクノロジーの活用でこれを解決すること、さらに離脱精算金の支払い保留すること、サービス分野を含む包括的な自由貿易協定の締結を望んでいることなどを伝えるとみられる。

EU側がこうした英国側の提案に応じる可能性は、限りなくゼロに等しい。こう着状態のまま10月末の離脱期限が近づき、合意なき離脱への不安が再び高まりそうだ。

英議会は合意なき離脱の阻止に動くとみられるが、政府の暴走を止める手立ては限られる。ジョンソン氏は、合意なき離脱の可能性を排除しないことが、議会やEUとの協議で強力な交渉カードになると考えている。与野党の穏健派議員の動きを封じ込めるため、投票機会を極力与えないだろう。

10月末の離脱期限を再延長するには、英国からの要請を受けたEU全加盟国の賛成が必要となる。そもそも期限延長を要請するかは政府の判断によるもので、議会が法的に政府の方針を妨げることは難しい。

合意なき離脱の阻止に向けた議会の最終兵器は、内閣不信任案によるジョンソン政権の退陣要求だ。現在、与党・保守党と閣外協力する地域政党の投票総数は、野党勢力をわずか2議席しか上回っていない。ほんの一握りの穏健与党議員が造反すれば不信任案は可決する。

ただ、これも合意なき離脱を回避する決定打とまでは言えない。ジョンソン氏の党首就任で保守党の支持率は回復傾向にある。野党が議会の解散・総選挙に持ち込んだとしても、保守党が議席を伸ばし、同氏の政権基盤を強化するだけに終わる可能性もある。

<離脱後の英国はどうなるか>

合意なき離脱への不安は尽きないが、そろそろ離脱後の英国にも目を向けておきたいところだ。過去の保守党政権が一貫して緊縮的な財政運営を行ってきたのに対し、ジョンソン氏は所得減税、社会保障負担の軽減、教育・治安対策・インフラ関連予算の拡充などを掲げて拡張的な財政運営にかじを切る方針だ。

また、EU離脱をグローバル化に背を向ける決定と捉える向きもあるが、ジョンソン氏は離脱後もEUと緊密な通商関係を継続するとともに、より多くの国や地域と自由貿易協定を結ぶことを目指している。ジョンソン氏が財務相に選んだサジド・ジャビド前内相、貿易相に選んだエリザベス・トラス前副財務相は、いずれも自由主義経済の信奉者として知られる。

最大の貿易パートナーであるEUとの関係が、これまでほど緊密でなくなる可能性があることや、英国が離脱できずにいる間に、EUが日本や南米南部共同市場(メルコスール)などとの通商協議をまとめた点は英国に分が悪い。ただしこれまでも、そしてこれからも、英国が世界有数の自由貿易志向国家であることに変わりはない。

ジョンソン氏も無秩序な形での合意なき離脱を望んでいる訳ではない。やむなく選択する場合も、国民生活や経済活動への打撃を小さくするため、EUとの間で最低限の取り決めをし、通関業務の簡素化や中小企業への支援強化など、準備作業を加速する方針だ。様々な閣僚ポストで改革を実践してきたマイケル・ゴーブ元環境・食糧・農村相を合意なき離脱の準備を担当する閣僚に任命した。

EU側は英国への影響緩和を目的とした措置に否定的だが、EU加盟国である隣国アイルランドへの影響の大きさを考えれば、既存ルールの暫定適用など、緊急避難的な対応には応じる可能性がある。

企業側の対応も万全とは言えない。合意なき離脱対応によるコスト負担も発生する。ただ、今年3月末に合意なき離脱の予行演習が行われており、一通りの準備作業と頭の体操はできている。無論、どんなに準備をしても物流の混乱は避けられないだろうし、想定外の問題も発生するだろうが、合意なき離脱の影響を軽減することは可能だ。

<期待される「ボリス相場」>

合意の有無はさておき、離脱確定後は手控えられていた設備投資が再開し、前述の通り、財政政策も拡張的となる。EUとの経済・貿易関係に大きな亀裂が入ったり、金融システムに混乱が生じたりしない限り、英国の景気拡大に弾みがつく可能性がある。

思い出されるのは、2016年に米国でトランプ大統領が誕生した後の株式市場の活況と米国経済の好調ぶりだ。トランプ氏の型破りなパーソナリティーや保護主義的な政策を不安視する声も多かったが、大規模な減税と財政出動で景気拡大を後押しし、ドル高けん制発言や中央銀行の独立性を度外視した発言で株高を演出した。

では、ジョンソン氏は公約通り拡張的な財政運営を行うことが可能なのだろうか。英国は欧州債務危機でEU諸国が導入した財政協定への署名を拒否したが、EUの一員として財政規律を順守する必要がある。だが、離脱後はその財政規律の束縛からも解放される。

野放図な財政拡張は調達金利の上昇を招くが、世界的な低金利環境下で、ある程度は許容されよう。英中央銀行のイングランド銀行(BOE)も、離脱後は財政ファイナンスを禁じられたEU条約の対象から外れる。財政政策との協調も視野に入れた柔軟な金融政策運営が可能になる。

折しも、離脱協議の長期化で延長されたマーク・カーニーBOE総裁の任期は来年1月に迫っており、現在、後任の人選が進められている。総裁の任命権は財務相にあり、次は新政権の意向に沿った人物となりそうだ。後継候補として、ジョンソン氏がロンドン市長時代に経済アドバイザーを務めたジェラルド・ライオンズ氏、元BOE副総裁のアンドリュー・ベイリー氏、元インド準備銀行(中銀)総裁のラグラム・ラジャン氏などの名前が挙がっている。

「英国のトランプ」とも形容されるジョンソン新首相。特徴的なヘアスタイルと髪の色だけでなく、パフォーマンス重視のポピュリスト的な政治手法、歯に衣着せぬ発言、エリート出身ながら庶民の代表を演じる立ち回り、さらには事実を歪曲(わいきょく)したり、失言や人種差別的な発言をしたりすることなど、様々な共通点が指摘される。

ただ、両者の共通点はそれだけにとどまらない。経済活性化を重視した拡張的な財政運営も同じだ。ジョンソン氏の金融政策に対する姿勢は未知数だが、積極的に介入する素地は整う。

強硬離脱派首相の誕生に不安が先行するが、トランプ相場の再来ならぬ、ボリス相場に期待したい。

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト(写真は筆者提供)

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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編集:宗えりか

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