August 5, 2019 / 4:02 AM / 3 months ago

コラム:米利下げがまいたリセッションの種、企業債務に要警戒=門間一夫氏

[東京 5日] - 米国の景気拡大は、従来の最長記録120カ月を抜き、今月で122カ月目に入った。景気は成熟段階にあり、いつリセッション(景気後退)入りしてもおかしくない、との見方も根強い。

 8月5日、元日銀理事の門間一夫氏は、米企業の債務状況を踏まえると、現局面での「予防的」利下げが、リセッション入りするリスクをかえって高めてしまう可能性があると指摘。写真はニューヨーク証券取引所のモニターに流れるパウエルFRB議長会見の様子。7月31日、ニューヨークで撮影(2019年 ロイター/Brendan McDermid)

ただ、景気拡大の長さとリセッションの関係について、理論的に言えることは少なく、確たる経験則があるわけでもない。

<差し迫ってはいない米国のリセッション>

この点、イールドカーブの逆転と、その後のリセッション入りの関係は、米国では比較的よく当てはまる経験則として知られている。ニューヨーク連銀は、10年国債利回りと3カ月物短期国庫証券(TB)金利の格差から、1年後のリセッション確率を機械的に計算し、公表している。

これによれば、2020年の夏に米国がリセッションの状態にある確率は3割を上回っている。この数字は、過去実際にリセッションが起きたケースと比べて決して低くない。

しかし、近年は長期金利に構造的な下方圧力がかかっているため、上記の経験則はある程度割り引いて見た方がよい。長期金利が構造的に抑圧されている最大の要因は、先進各国の中央銀行による大規模な資産購入である。

米連邦準備理事会(FRB)はピーク時に比べて国債保有額を減らしてはいるが、なお高水準である。また、欧州や日本の国債金利はマイナス圏まで押し下げられており、これが米国債市場にも影響を与えているとみられる。

さらに、金融危機後の金融規制改革も、安全な国債に対するニーズを高めている。これらを踏まえれば、米国イールドカーブの逆転現象は、そもそも以前より起こりやすくなっている可能性が高い。

<企業債務は質が劣化>

では、機械的な経験則ではなく、経済のメカニズムに即して考えるとどうだろうか。

米国の失業率は約50年ぶりの低さにある。これは、伝統的な考え方に基づけば、景気循環のピークが近い兆候の一つと言える。労働需給のひっ迫がインフレの上昇をもたらし、金融が引き締められ、リセッションに至る、という経路が想定されるからである。

しかし近年は、人手不足でもインフレは上がらない、ということの方がFRBの悩みの種になっている。これこそまさに、7月末にFRBが予防的な利下げを決めた背景の一つであった。

今回の景気拡大が途切れるとすれば、インフレではなく金融面の不均衡の影響の方が重要であろう。とくに企業債務に関する不均衡である。まず量的な面では、企業債務の対国内総生産(GDP)比率がすでにリーマン・ショック前を上回り、過去最高に達している。

より問題なのは質の面で、企業債務の中身の劣化、すなわちリスクの高まりである。これは主に次の2点に表れている。

第1に、ここ数年の企業債務は、レバレッジド・ローンと言われる信用力の低い借り手向け、すなわちリスクの高い貸し出しを中心に増加している。社債発行においても、投資適格の中では最も信用力の低いBBB格の増加が目立つ。

第2に、そのレバレッジド・ローンの貸出基準が甘くなっている。収益に対する債務の倍率が高い企業にも積極的にローンが組まれているほか、財務維持条項を緩和したいわゆる「コベナンツ・ライト」と呼ばれるローンが、最近はむしろ主流になっている。

もっとも、こうした企業債務の動向を直ちにバブルと断じるのは、言い過ぎかもしれない。例えば、企業債務の対GDP比率が過去最高という点についても、長期的な上昇トレンドを勘案すれば、現在の水準が必ずしも過大とは言えない。

また、借り入れで調達した資金は、企業買収や自社株買いに積極的に活用されており、実体経済面での過大投資に当てられているようには見えない。これは、金融危機前の住宅投資ブームや、2000年前後のドットコムバブルとは異なる点である。

実際にマクロ統計で確認すると、民間投資(設備投資と知的財産投資、住宅投資の合計)の対GDP比率は現在、1980年代以降の平均的な水準にとどまっており、景気サイクル末期によくみられる投資の過熱感はない。

すなわち、低コストの借り入れを利用して株式リターンを引き上げるというファイナンス戦略は活発だが、実体経済に対して過度に強気にはなっていない、というのが今回のクレジット・サイクルの一つの特徴のように見える。

だとすれば、過剰投資を支えた期待がクラッシュしてリセッションに至る、というメカニズムが働く可能性も、それほど大きくないと考えられる。

ただ、それでも次の2点を踏まえれば、現在の企業債務動向には、やはり次のリセッションにつながる重要なリスクが内包されている、と見るべきであろう。

第1に、ショックに対する脆弱(ぜいじゃく)性である。景気は内側の不均衡から崩れるとは限らず、外部ショックがきっかけになる場合も多い。今の米国経済の問題は、そうしたショックを吸収する力が、少なくとも企業財務の面では弱まっているという点にある。

米国が自ら仕掛けている中国との対立の行方を含め、経済に何らかの負のショックが加わった際、企業のレバレッジが高いほど、資金調達環境が急速に悪化し、連れて投資や雇用に対する削減圧力も強まる可能性が高い。

第2に、クレジット市場に内在する調整リスクである。実体経済にバブル的な要素は乏しいとしても、クレジット市場自体は、低金利下でのイールド・ハンティング(利回り追求)により、過熱状態になっている可能性が大いにある。その場合、クレジット市場の調整が発端となって、実体経済に下押し圧力がかかることも想定される。

実際には、両者の組み合わせ、すなわち実体面で起きたショックが、クレジット市場の調整圧力によって増幅される、というケースがもっともありえそうだ。

<FRBの政策運営に危うさ>

以上で述べた企業債務のリスクは、FRBも十分認識しており、年2回公表している金融安定報告(直近は今年5月)にも詳しく記述されている。

同時にパウエルFRB議長は、金融安定面のリスクは全体としては大きくない(moderate)という判断も示している。家計の債務が抑制されていることや、銀行の資本や流動性が大幅に強化されていることなどを、その理由としている。また、必要なら信用秩序の維持を目的とした「プルーデンス政策」を発動し、金融面の安定を確保できるとしている。

こうしたFRBの判断が間違っていると言うつもりはない。ただ、経済が概ね順調で、インフレ率も目標の2%をわずかに下回る程度の現状で、早めに利下げするのが正しいとする政策哲学には、危うさを感じる。

FRBは98年にも、グリーンスパン議長の下で予防的な利下げを行った。それだけが原因ではないだろうが、結局ドットコムバブルが膨らみ、その反動から01年にリセッションを迎える。

前述した企業債務の状況を踏まえると、現局面での利下げも、金融面の不均衡のさらなる拡大を助長し、2─3年程度の時間軸で見た場合に、リセッション入りするリスクをかえって高めてしまう可能性がある。

リセッション級の景気下降が生じれば、米国の政策金利はあっという間にゼロ近辺まで引き下げられ、量的緩和が再開される可能性すらある。仮にそうなった場合、為替市場を含めたグローバル市場の資産価格見直し(リプライシング)は、相当大きなものになるのではないだろうか。

ただ、為替のリプライシング圧力が蓄積されている現状については、欧州や日本の金融政策にも原因がある。欧州、日本とも、17年のように経済が絶好調の局面でも、物価目標を優先するあまり、極端な低金利を修正して政策対応の余地を作っておく、という考え方を採らなかった。その分、現状で米国発のショックが起きた際に、円やユーロの上昇圧力が強まっても仕方がない面がある。

米、欧、日の中央銀行それぞれの「物価至上主義」は、中期的には様々なリスクをため込んでいる可能性が高い。このことは頭の隅に置いておく必要がある。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

(編集:久保信博)

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