September 11, 2020 / 12:13 AM / 21 days ago

コラム:米中・大統領選・FRB、ドル円膠着を破る3つのリスク=尾河真樹氏

[東京 11日] - 安倍晋三首相の辞任に伴い、9月8日、自民党総裁選が告示された。日本の次期総理大臣のポジションを賭けたレースが始まる。とはいえ、自民党内のほとんどの派閥が菅義偉官房長官の支持を表明している状況では、同氏が後任になるのはほぼ確定だろう。この場合、現行の政策はそのまま継承されることになるため、金融市場への影響はほとんどないとみている。

9月11日、安倍晋三首相の辞任に伴い、自民党総裁選が告示された。写真は日米の国旗。都内で2017年1月撮影(2020年 ロイター/Toru Hanai)

ただ、仮に為替市場に影響があるとすれば、円高方向ではないか。後任の総理大臣は、米中の摩擦が一層激化する中で、米国を支持しつつ経済関係の深い中国とどう向き合うのか、外交面のかじ取りはますます難しくなりそうだ。これまで首脳同士で特別に強い信頼関係を構築できていた日米間において、日本の総理大臣が交代し、米国でも11月の大統領選で大統領が交代する可能性があるという不透明な環境だ。今後も、日米間で現在の良好な関係を維持できるかどうかが鍵となろう。

もし、これまでの親密な関係が薄まる、あるいはかじ取りを間違えるようなことがあれば、米国側が再び日本に対して貿易問題や為替問題を持ち出すかもしれない。その場合は円高・株安などのリスクにつながるとみている。

ただ、後任の総理大臣は日米関係を重視し、安倍・トランプの親密さを維持しようとするだろうし、黒田東彦日銀総裁の下で金融政策にも変更はないであろうことを踏まえれば、基本的には日本発の材料で、為替が大きく動くことは想定しづらい。下期の為替相場を展望するにあたって、注目すべきはやはり米国の材料ではないだろうか。

特に、足元で膠着感を強めているドル/円相場のボラティリティーが上昇するリスクがあるとすれば、筆者は1)米中関係、2)米大統領選、3)米連邦準備理事会(FRB)の金融政策──の3点が要因になり得ると予想している。

<対中強硬姿勢を競うトランプ、バイデン両氏>

3つの中でドル/円相場への影響が最も大きくなりそうなのが米中関係だが、ここにきて一層冷え込んでおり、何らかのきっかけで金融市場がリスクオフに転じ、円高が進む可能性はあるとみている。

調査機関ピュー・リサーチ・センターが2020年7月30日に公表した米国人の対中感情に関するアンケート調査結果によれば、中国について「好ましくない」と回答した人の割合は73%と、2018年比で26ポイントも増加した。もちろん新型コロナウィルスの影響が大きいとみられるが、ここにきて米国人の対中感情は悪化傾向にある。

「習近平国家主席が国際的に正しいことをしていると思うか」との質問に対しては、77%が「信頼していない」と回答した。興味深いのは、新疆ウイグル自治区の人権問題に関する設問だ。これについては73%が「中国との2国間の経済関係を阻害したとしても、中国における人権の保護を促進すべき」と答えた。

このところ対中強硬姿勢を強めているトランプ大統領の支持率は、依然として民主党の大統領候補であるバイデン前副大統領の後塵を拝しているとはいえ、じわり回復しつつある。トランプ大統領が「中国叩きは票になる」と思えば、さらなる強硬策に出る可能性もあるだろう。

8月24日に米中閣僚級協議(電話会談)が実施され、通商交渉の「第1段階」の合意はとりあえず維持されることとなった。ただ、米大統領選に向けてトランプ、バイデン両陣営が、対中強硬姿勢を競い合っているようなところもあり、今後米中関係が一段と悪化するリスクは残る。また、どちらの候補が勝っても、大統領選以降も米中摩擦は続く公算が大きい。

8月末には南シナ海で、中国が米国へのけん制からかミサイルを発射するなど、緊張が高まっているのも気がかりだ。もし米中関係がさらに悪化し、いったん合意した米中通商合意がご破算になるようなことがあれば、米株安、大幅な円高は避けられないだろう。

<見えないコロナ終息、米の財政支出は拡大へ>

第2に、米大統領選についてだが、第1点目の米中摩擦に比べれば、為替相場へのインパクトは少ないかもしれない。今回はコロナ禍における大統領選である点がポイントだ。米国では8月の雇用統計で失業率が8.4%まで改善した。確かに、リーマン・ショック時の最悪期であった10%を下回ったのは、いくらか安心材料といえる。また、米連邦公開市場委員会(FOMC)では、今年10─12月期の失業率見通し(6月公表)を9.3%としていたので、足元の低下ペースはFOMCの見通しを上回っているのも事実だ。

しかし、今年2月時点で失業率が3.5%だったことを踏まえれば依然として高水準である上、予想以上のペースの失業率改善は、政府による強力な財政支出による効果が大きい。今後、政府の支援が委縮すれば再び景気は悪化するリスクが高いため、大統領選でトランプ氏、バイデン氏のどちらが勝ったとしても、コロナ対応を免罪符に財政支出は拡大する方向だろう。

2016年の大統領選もそうだったように、過去に行われた大統領選では選挙後にドル/円は上昇する傾向が見られる。過去6回の大統領選をみると、オバマ大統領の第1期(2008年)は正にリーマン・ショックの直後だったこともあり、ドル/円は選挙後も軟調地合いが続いたが、それ以外の大統領選では上昇している。

大統領選は米国、ひいては世界のリーダーを決めると言える重要なイベントである。したがって、新たな大統領が選挙期間中に述べてきた公約を実行することへの期待は大きく、これがドル/円上昇の背景にはあるとみている。今年については、米中関係の悪化、また、FRBの緩和的な金融政策などがドル/円の上値を抑える可能性が高く、選挙後にドル/円が2016年ほど鋭角に上昇する可能性は低い。

ただ、大統領が決まれば、少なくとも株式市場はポジティブに反応し、これにつれてドル/円も小幅ながら上昇すると予想する。もっとも、注目すべきは、議会選でどちらの政党が上下院の過半数議席を獲得するかだ。

今のところ、下院は民主党が確保するのがほぼ確実のようだが、仮に上下両院を民主党が押さえても、トランプ氏が再選すれば民主党の政策に対して拒否権を濫用する可能性がある。また、バイデン氏が勝利しても上院を共和党が握れば、審議妨害(フィリバスター)によって、同様に政策が停滞する可能性もあるだろう。大統領と上院の「ねじれ」は、政策実行に対する懸念により株安から円高の流れとなる可能性もあるため、注意が必要だ。

<FRBの追加緩和、為替には穏やかな影響>

最後にFRBの金融政策だが、円高リスクとはなり得るものの、さほどドル/円相場への影響は大きくないとみている。パウエルFRB議長はジャクソンホール・シンポジウムでの講演で、2%程度のインフレ目標を平均的に達成していくとの新しい指針を示した。ただ、長期的なハト派スタンスをコミットしただけで、これまでと具体的な政策に大きな変化はないだろう。

仮に今後、米国版イールドカーブ・コントロール(イールドカーブ・ターゲット、YCT)を導入するなど、さらなる追加緩和に踏み切れば一段とドル安が進行する可能性もある。その時は米株価が上昇するため、リスクオンとなり、円安圧力もかかりやすくなるが、初動においてはドル安の力が勝り、ドル/円がじわりと下落する可能性はあるだろう。

ただ、日米金利差が極限まで縮小したなかで、ドルと円が似たような動きをする傾向には変化なく、米中関係が急速に悪化するようなことがない限り、ドル/円は大局的には値動きに乏しい環境が続こう。一方で、金融緩和による通貨価値の低下(ドル安・円安)の裏で、株価や金価格などのような資産価格の堅調地合いは続くとみている。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。 *このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

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編集:北松克朗

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