November 12, 2020 / 9:49 AM / 18 days ago

コラム:異例ずくめの米大統領選、市場は再び「ゴルディロックス」へ=尾河眞樹氏

[東京 12日] - 2020年の米大統領選は異例を極める展開となった。バイデン氏の得票数は7500万票と過去最高、トランプ大統領も7000万票を超え、前回の大統領選を上回った。投票率は66%と120年ぶりの高水準。今回の大統領選が米国民にとっていかに注目度が高かったかが分かる。

 2020年の米大統領選は異例を極める展開となった。バイデン氏の得票数は7500万票と過去最高、トランプ大統領も7000万票を超え、前回の大統領選を上回った。投票率は66%と120年ぶりの高水準。今回の大統領選が米国民にとっていかに注目度が高かったかが分かる。写真はバイデン氏(中央)とハリス氏。デラウェア州ウィルミントンで9日撮影(2020年 ロイター/Jonathan Ernst)

バイデン氏は現地時間の7日夜、副大統領候補のハリス氏と共に勝利宣言のスピーチを行った。この段階で、通常であればトランプ大統領が敗北を認め、バイデン氏に祝意を伝えているはずだ。しかし、トランプ大統領は依然として敗北を認めておらず、法廷闘争で続投の道を探っており、沈黙を保ったままだ。

<注目される「トリプルブルー」の可否>

問題は、事前の世論調査によって期待されていた「トリプルブルー(大統領、上院、下院すべてにおいて、民主党が過半数を獲得すること)」を実現できていないことだ。下院では民主党は議席を減らしつつも過半数を獲得したものの、肝心の上院では、12日時点で共和党が定数100議席のうち、少なくとも半数の50議席を確保する見通しが濃厚になっている。

民主党は来年1月5日に決選投票が行われるジョージア州の2議席を獲得し、上院議長となる副大統領の投票もあわせて採決の過半数を確保したい考えだ。上院が民主党となり、当初予想されていた「トリプルブルー」が実現する可能性もわずかながら残っている。

「トリプルブルー」が達成されるかどうかは米国の景気対策や市場の行方を大きく左右する。米シンクタンクのCRFB(責任ある連邦予算委員会、Committee for a Responsible Federal Budget) の試算によれば、バイデン氏の政策を積み上げると向う10年間で増税4.3兆ドル(約451.5兆円)、歳出拡大は9.9兆ドルに上る。差し引きの財政赤字拡大分を国債増発によって賄うとなれば、それをファイナンスするために米連邦準備理事会(FRB)は国債買い入れを膨らませることになるだろう。

その結果、名目金利の低下と、バラマキによる期待インフレ率の上昇が、ドルの実質金利低下を促すため、ドル安傾向は強まるとみている。日銀も十分に緩和的な政策を実施しているが、FRBの流動性供給が一段と拡大する環境においては、対円でも極めて緩やかながらじりじりとドル安・円高が進行しやすくなるのではないか。

一方、上院を共和党が制した場合には、バイデン氏が志向する3─4兆ドル規模の増税や、経済対策や環境対策による巨額の歳出拡大も、難しくなりそうだ。共和党の政策は減税と小幅な歳出拡大の「小さな政府」を志向しており、富裕層や大企業への増税は上院共和党によるフィリバスター(議事妨害)で阻止される可能性がある。

また、コロナ対応により追加の経済対策は実施されるだろうが、合意に時間がかかるうえ、環境政策に絡む巨額なインフラ投資は難しくなるかもしれない。したがって、歳出の拡大は新型コロナによる米経済への悪影響を和らげる程度の規模にとどまるのではないか。この場合、FRBは景気刺激とインフレ押し上げの目的で、現状の超緩和策を当面続けることになるが、前述したトリプルブルーのケースほどに国債買い入れが膨らむ可能性は低いだろう。したがって、ドル安圧力も和らぐ公算が大きい。

<ワクチン開発、なお市場の不透明要因>

バイデン氏、ハリス氏が勝利宣言を行い、大統領選も大きなヤマを越えた週明け9日、米製薬大手ファイザーが、ドイツのビオンテックと開発している新型コロナウイルスワクチン候補について、数万人が参加した治験が90%を超える確率で感染を防いだと公表した。これを受けて米株価とドル/円は大幅高となり、ドルはあっという間に103円台から105円台まで反発した。シカゴ通貨先物市場IMMの円ポジションは、このところのドル安傾向もあってか、ネットで約3万枚の円買い越しとなっていた。ドル/円急騰の背景には、これら投機筋のポジション調整があったとみられる。

上述したワクチンについて、有効性の詳細はまだ明らかになっていないうえ、どの程度のスピードで世界中に供給できるようになるかなど、不明な点は残る。したがって、ポジション調整が一巡すれば、いったんはドル/円の上昇には歯止めがかかりそうだ。しかし、1)ワクチンの有効性などの詳細、2)トランプ氏が法廷闘争に持ち込んでいる米大統領選の結果、3)米上院議会選の行方、などが今後明らかとなり、不透明要素が徐々に取り除かれていくに従って、ドル/円は緩やかにもう一段上昇するのではないか。7月以降、90日移動平均線(105円70銭)がテクニカル上、ドル/円の上値抵抗線として機能してきたが、同水準を上抜ける可能性はあるとみている。

ただ、コロナ禍でデジタル化、リモート化が一気に進んでいるなかで、仮にワクチンが早期に普及しても、人々の生活が完全に元通りになる可能性は低いとみられる。FRBは、期間平均で2.0%のインフレ目標を達成するまで、緩和的な金融政策を据え置く方針を明確に示している。したがってインフレ率が2.0%を下回っている間は、FRBは現行の緩和策を続けるだろう。

このことは潜在的にドルの重しとなるため、上述したとおり緩やかにドル/円が上昇したとしても、110円を超えるような大幅上昇は当面期待できそうにない。低インフレ、低金利、株高、ドル安・円安、という、いわゆる「ゴルディロックス(適温)相場」は続くとみており、ドル/円も中期的には105─106円前後を中心としたレンジ相場が続くのではないか。むしろ、仮にワクチンの普及前に感染が急拡大し、米国がロックダウンなどとなった場合は、FRBが一段と緩和を拡大させ、一時的には円に対してもドル安圧力が強まる公算が大きいため、新型コロナの感染状況には引き続き警戒が必要だろう。

<米政権、協力型アプローチに変化か>

ところで、バイデン氏、ハリス氏の勝利宣言のスピーチは、強く印象に残るものだった。「分断から融和へ」がテーマとなっており、これから米国は国際社会でのリーダーとしての役割を果たすべく、まずは国際機関や会議を重視し、これらへの回帰を進めるのではないか。対中強硬姿勢は今後も変わらないだろうが、同盟国と協力しながら相対するスタイルにアプローチは変化するとみられる。

筆者には、ハリス氏のスピーチが特に心に響いた。自身がマイノリティーであることを例に挙げ、米国はジェンダーや人種にかかわらず、誰もが受け入れられ、陽の目を見る国であり、総ての人にとって「可能性の国(a country of possibilities)」だと述べたのを見て、「思えば米国は元々そういう国だった」と、この4年で忘れかけていた米国本来の姿を取り戻したように感じた。米国が再び世界のリーダーとしての役割を取り戻すことは、金融市場全体からもポジティブに捉えられると期待したい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。 *このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

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編集:北松克朗

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